2015年10月25日日曜日

学校教育の価値

 長年、学校教育を受けてきた身として、教育問題には興味があります。日本人だと小中高の12年間、学校教育を受けた方も多いと思いますが、学校教育にはどれくらい価値があるのでしょうか?

 アインシュタインと同じ教育を受けた人はアインシュタインのようになるでしょうか?

 たぶん、ならないでしょう。天才と呼ばれる人は、それほど大勢いません。そして、教育で天才が生み出されるなんて話は聞いたことがありません。

 かの天才ガロアが受験に失敗した話は有名です。ガロアが偉業を成し遂げたのは、独学したからです。「自ら徹底的に勉強した者のみが、偉業を成し遂げる可能性がある」と私は思います。ちなみに、ガロアに読むべき数学の本を教えたのは、学校の先生とのことです。

 日本は教育水準が高く、識字率も高いと言われています。おそらく本当でしょう。学校教育が役に立っているというのも本当でしょう。

 ただ、少なくとも学校教育を受けているだけでは、天才にはなれません。天才を目指すためには、独学が必要です。それは認識しておくべきことだと思います。たとえ天才になれないとしても、自ら学ぶ能力は必ず役に立つ能力だと思います。

 学生時代にそのことに気付いていたら、もっと勉強したのに・・・ と、言いたい気もしますが、そんなことを言っても始まらないので、日々の勉学に励みたいと思う次第です。

2015年10月18日日曜日

物理屋さん

 私は、生息数が減っているといわれている「物理屋さん」です。
 細かいことを言うと、理学部の物理ではなく、工学部の物理なので、少し応用よりです。

 というわけで、たまには、とことん物理ネタを書きたいと思います。なお、普通の教科書に載っているようなことを書く気はないので、悪しからず。

 そもそも物理学とは、「自然を測定し、測定した数値を数学を使って解析する」学問です。
 「自然科学は全部そうだろ!」と言われるとその通りですが、物理学は他の自然科学よりも、「測定する」ことに重きを置いていると思います。温度計を作る人は、たいてい化学者でも生物学者でもなく物理学者です。

 自然科学に測定は必須で、測定器は物理学者が作るのだから、物理学は自然科学のベースと言えます。これを物理学者の手前味噌と言います。なんちゃって。

 せっかくなので、温度計について考えてみます。

 昔からある温度計と言えば、水銀温度計です。熱膨張、つまり水銀の体積が温度で変化することを利用して温度を測定します。

 電気的な方法で温度を測定できると、電子機器にとっては便利です。ということで、抵抗式の温度計なんかはよく利用されます。電気抵抗が温度で変化するということを利用して温度を測定しています。

 輻射を利用した体温計というのもあります。人体から放出される赤外線のスペクトルが温度に依存するということを利用して温度を測定しています。


 と、既存の温度計の話をしてもつまらないので、変な温度計を考えてみます。


 例えば、アクリル板の屈折率は温度に依存します。アクリル製のプリズムにレーザー光を当てたとき、その曲がり方は屈折率に依存します。ということは、曲がり方を調べれば、温度が測定できるはずです。(参考)

 金属の弾性率は温度に依存します。温度が高いと柔らかくなります。ということは、ばねの強さを測定すれば、温度が測定できます。(参考)
 極論すれば、電車に乗っているときに、その振動を解析すれば、その日の気温が分かるはずです。できると思った方は、ぜひ挑戦してみてください。(^o^)

 コーヒーの中にミルクを一滴たらすと、ミルクは拡散します。このときの拡散の仕方は温度に依存します。ということは、コーヒーに入れたミルクを観察すれば温度が測定できます。コーヒーの温度が高いほどミルクは早く拡散しているはずです。(参考)
 拡散の様子を調べて温度を測定するなんて面倒に思えますが、極低温の温度測定では同様の現象が利用されています。私は、学生の頃、この話を聞いて感動しました。

 クッキーを焼いたときのサクサク感は、オーブンの温度に依存するはずです。ということは、クッキーを食べたときのサクサク音を録音して解析すれば、オーブンの温度が分かるはずです。
 もちろん、クッキーのサクサク感は生地にも依存するので、温度とサクサク音が1対1に対応するように、焼き方を決めないといけません。このような作業を「校正」と言います。どんな測定器でも校正は必要です。
 まぁ、「クッキーを焼くために温度を測る人」はいても、「温度を測るためにクッキーを焼く人」はいないと思いますが。


 下らないことを書いていたら長くなってしまいました。orz

 大事なことは、「物理学は、まず測定に始まる」ということです。かのガリレオだって、心拍数を使って振り子の振動周期を測定していました。

 本来なら、データを測定したら、数学を使った解析が続きます。ですが、長くなりそうなので、またいつか、気が向いたときにします。


 物理学も他の学問と同様に細分化されています。力学、熱力学、電磁気学などなどです。本当は各分野についても書こうかと思っていたのですが、さらに、長くなりそうなので、これも、またいつか、気が向いたときにします。

2015年10月12日月曜日

考える足

 私は歩くのが好きです。昨日は3時間くらい近くの山を散歩してました。

 歩いていると血行が促進されて、いろいろと思考が進みます。かのアリストテレスが歩きながら哲学したというのは納得です。 (ちなみに「人間は考える葦」と言ったのはパスカルです。)

 靴底のすり減り方を見ると、その人が歩くのが得意かどうかが分かります。
 つま先の内側、かかとの外側がすり減っているのが良いすり減り方です。左右のすり減り方のバランスが悪い人や、高いヒールで無理して歩いている人を見ると心配になります。男性と女性では骨盤の形が違うから、難しいんだろうなぁなどと考えています。 余計なお世話ですが。

 さらに余談ですが、私は足音にも少し気を使っています。
 階段では音を立てて歩く人が多いですが、私は音を立てないようにしています。音を立てて歩くのは、膝に衝撃を与えているような気がします。「だから何?」と言われそうですが、大きな音を立てるよりは品があるかなぁと思っています。ただし、死角に人がいそうなときは、あえて音を立ててみたりと、考えながら歩いています

 電車も車もなかった時代は、さぞかし長距離を歩いたのだろうと思います。現代人はいろいろ進歩した代わりに、「歩く」という基礎能力で昔の人よりずいぶん劣っているのでは?、などと考えています。

 という感じで、今日も私はいろいろ考えながら歩いています。



参考:靴底の減り方

2015年10月4日日曜日

トイレのウォシュレット様

 日常の中にも、いろいろ発見はあるものです。先日、住んでいる部屋のトイレのウォシュレットがリモコン式なことに気づきました。

 コントローラが壁に設置されていて、固定されているのかと思っていたら、実は取り外し可能でした。取り外して使うと、ちょうど、トイレに座って携帯ゲーム機で遊んでいる感じになります。間違ったボタンを押したら、マリオがジャンプしちゃいそうです。LOL

 もちろん、特別なトイレというわけではありません。手を伸ばせば壁に手が届く狭さです。

 トイレに座って、ウォシュレットをリモコン操作している図は少し滑稽です。「別にリモコンじゃなくてもいいのでは?」とか、「電池が切れたら?」とか、「リモコンのボタンが効かくなったら?」とか、いろいろ想像して、笑ってしまいました。

 そういえば、以前、どこかのトイレで、ウォシュレットに20個くらいボタンがついていたのを見たことがあります。いくらなんでもボタンが多すぎです。説明書がないと分からないです。トイレに座って、説明書を読みながらウォシュレットを操作する図も少し滑稽です。

 たかがウォシュレットですが、世の中には、より良いウォシュレットを真剣に追求している方が大勢いるはずです。私の目から見たら無意味な機能でも、誰かにとっては意味があるのかもしれません。いろいろな意図が詰まったウォシュレットだと思うと、「たかがウォシュレット」なんて軽んじてはいけない気がします。

 世の中は、自分が知らないことでいっぱいです。自分の価値観で判断したり、固定観念に捕らわれたりするのは良くありません。
 というわけで、「世の中には、いろいろなことを考えている人がいるんだなぁ」と、ウォシュレットを見ながら、おもしろ、おかしく、感心しています。