2017年12月3日日曜日

役に立たない勉強をやめたとして

 先日、電車で高校生と思しき一団と遭遇しました。登下校の時間にはよくあることです。お喋りしてたり、スマホをいじってたり。

 で、彼ら彼女らを見ていてふと思ったのですが、高校・大学の勉強って必要でしょうか?

 「社会に出てから、数学や物理が必要ない」なんて意見はよく聞きます。もちろん、人によって必要な知識は異なると思いますが、学校の勉強は得てして実践的ではありません。
 役に立つ勉強ということであれば、「第一印象をよくする方法」とか、「確定申告のやり方」とか、「おいしいレストランの見つけ方」とか、を教えてもらった方がよっぽど実用的です。
 社会に出てからのことを考えると、学校の勉強は役に立たなすぎます。(専門学校はもう少し違うと思いますが。)

 今後、人口減少に伴い、労働人口の減少が予想されています。それなのに、十分な労働力である高校生、大学生が、労働しないで、役に立たない勉強をしているというのは、無駄でしかありません。なんとももったいない。
 私が思うに、現場での仕事は教室での授業よりはるかに勉強になります。役に立たない勉強をさせるより、働いてもらった方が絶対に有意義です。
 (ちなみに、働いて稼いだお金が消費につながれば、経済が活性化するというおまけも期待できます。)

 役に立たない勉強を我慢して大学に行って大卒の資格を取得すると、就職したときに給料が上がります。ですが、大学でぐうたらしていると、中卒や高卒より給料が良くなるというのはおかしな話です。こういう旧態依然としたシステムは早急に見直されるべきだと思います。


 ところで、高校の授業料の無償化が議論されています。極端な言い方になりますが、高校の授業なんて、役に立たない知識を覚えさせられる、ある種の苦行です。授業中に居眠りをしたり、スマホをいじるのも致し方ないと、私は思います。
 授業料の無償化とは、そんな高校の授業料を税金で支払おう、ということです。価値あるものに税金を使うのは当然ですが、今の高校の授業に税金を使う価値があるかには疑問が残ります。

 話が逸れますが、大学受験でしか使わない一時の知識のために、塾や予備校に通うのは、やっぱり時間とお金の無駄だと思います。大卒の資格を得るために、社会に出てから役に立たない勉強をするのは、何かがおかしいです。



 教育の問題は、みんなが経験しているだけに、みんなが興味を持つ問題です。自分が経験したものが基準なので、私の考えには多分に偏見があると思います。それでも、電車に乗っている学生を見て、そんなこんなを考えてしまうわけです。

2017年11月4日土曜日

恥ずかしい小説のモデルにならないように

 ここのところ、神戸製鋼の検査データ改ざん問題が騒がれています。大企業の不祥事を聞くと、いつも悲しくなります。

 ところで、神戸製鋼というと、私は城山三郎の小説「鼠―鈴木商店焼打ち事件」を思い出します。

 鈴木商店は、神戸製鋼や帝人といった大企業の母体となった戦前の商社です。小説では、米騒動や財閥間の争いといった激動の時代の中での、鈴木商店の栄枯盛衰が描かれています。

 城山三郎先生の経済小説は、背景の史実が重厚で、非常に面白いです。モデルとなった人々の偉大さに、いつも尊敬の念を抱きます。

 歴史ある大企業には偉大な業績があるものだし、その裏での不祥事もそれなりにあるものだと思います。それでも、将来、自分たちが恥ずかしい小説のモデルになってしまわないよう、精進したいものです。

2017年9月30日土曜日

人はAIを信じられるか?

 近年、AIの発展が著しいです。

 AIに質問すれば、たいていのことは答えが出てきます。では、その答えを人は信じるでしょうか?

 たとえ答えが正しくても、人はその答えを採用しないことがあります。
 分かりやすい例えで言えば、中世ヨーロッパでは、正しくない天動説が正しいと信じられていました。また、AIが出した正しい答えを人が正しいと納得するとは限りません。(ちなみに、AIが答えを出す過程というのは、複雑過ぎて理解できないらしいです。)
 どんなに正しい答えでも、人がその答えを信じないということは起きるものです。

 人がAIの出す答えを採用しないことがあれば、そのうちAIはそれも学ぶでしょう。AIが人を信じなくなる。。。人が答えを採用しないことを見越して、AIがあえて正しくない答えを出す。。。映画にありそうな展開です。

 最近のAIの発展を聞くと、そんなSFのような話が現実になりそうな気がします。技術の進歩にびっくりです。。

2017年9月24日日曜日

会議の準備

 会議の準備という仕事があります。

 主な内容は資料の作成です。グラフを作ったり、文章を書いたり。ExcelやPowerPointのおかげで、手軽にキレイな資料が作れます。が、やっていると意外に時間がかかるものです。

 作った資料が事前のチェックでやり直しになることもしばしば。で、本番の会議では時間が不足して資料を見てもらえなかったり。よくあることです。

 実に生産性が低いことだと思います。

 無駄になる資料を作っているくらいなら、現場の清掃をしている方がよっぽど生産的です。

 会議の準備に追われて残業が増えるのは、バカらしいことです。ですが、私の知る限り、会議の準備に追われるというのはよくあることです。

 悲しいかな、悲しいかな。

2017年9月17日日曜日

Pigeon's Vision

 昔から不思議に思っていることがあります。

 公園とかに行くと、ハトが地面をつついて餌を探しています。パンくずなんかがあれば、それを食べているのでしょう。

 ・・・ハトはどうやって餌を認識するのでしょうか?

 視覚でしょうか?パンくずと砂粒の見た目に大きな違いはない気がします。

 嗅覚でしょうか?パンくずにはそれほど匂いがない気がします。

 一度、口に入れて、味覚や触覚で認識するのでしょうか?ハトの小さなクチバシがそれほど発達しているようには思えません。


 自分がハトだったと想像してみると、パンくずと砂粒の違いを認識できる気がしません。

 ハトが何を思って地面をつつくのか、、、
 不思議です。


2017年7月30日日曜日

持続可能な開発

 持続可能型社会という言葉を聞く機会が増えました。平たく言ってしまうと、「環境破壊をやめましょう」という意図なのでしょう。悪いことだとは思いません。

 少し考えてみましょう。
 開発とは一般的に何かを作ることです。作ったらものが増えていきます。
 単調に増加するものは必ず発散します。発散してしまったら持続しません。
 つまり、ものを作ってばかりでは安定しないということです。ものを作ることと、ものを捨てることがバランスしないといけません。

 プラスの作用とマイナスの作用をバランスさせて安定化させるというのは、至極普通の考え方だと思います。その考え方を基準にすると、「持続可能な開発」という言葉は、作ることに重点があるようで少し変です。

 「環境に配慮して、ソーラーパネルを設置する」結構なことです。では、そのソーラーパネルに取って代わられる既存の発電設備はどのように廃棄されるのでしょうか? また、そのソーラーパネルは老朽化したときどのように廃棄されるのでしょうか?

 私が思うに、ものを捨てるということは、ものを作るのと同じくらい、難しく、付加価値の高いことです。持続可能性を考えるのであれば、ものを捨てるということの重要性をもっと考えてもいいと思うのですが。。。
 そういう考え方はマイナーな気がします。


クルマを買う話

 東京は駐車場代が高いのでクルマがあると大変ですが、地方に住むならクルマがないと生活が大変です。
 最近、再び地方に引っ越したため、クルマを買おうと思い、いくつかディーラーさんで、試乗させてもらっています。

 クルマもいろいろありますが、今回は、同僚におすすめされた、ルノーのトゥインゴに乗ってきました。

 トゥインゴは、いわゆるコンパクトカーです。見た目はフランス車という感じのオシャレなデザインをしています。
 乗ってみるとすぐに走りの違いに気づきます。トゥインゴはCVTではなくDCTです。そのため、慣れないとギアが変わるタイミングで、クルマがガクッとなります。楽しいです。ギアの変化が好きな人にはおすすめです。
 FRではなくRRというのも特徴的です。小回りが良い反面、後ろに積める荷物は少なめです。
 ルノーはシートにこだわっているとのことで、実際、デザインも座り心地も良かったです。高級感があるわけではないのですが、シンプルで実用的な感じです。
 価格は日本のコンパクトカーと同じ程度です。輸入車であるため、故障とかがあると面倒かもしれません。

 総じて言うと、オシャレで特徴的な走りの素敵なクルマでした。ただ、売れ筋で在庫が少なく、新車を買っても3か月以上待つことになるそうです。。。

 そんなこんなで楽しくクルマを選んでいる今日この頃です。