答えに辿り着くまでの考える時間は大事です。
ということは、人に教えるときに「考えさせるように誘導する」のが、いいやり方なのかもしれません。
答えが「脳内のネットワークに組み込まれる」ように考えさせる。答えが「既知の知識、経験と結びつく」ように考えさせる。そういう質問をすることが、人に教えるコツかもしれません。
個々人の持っている知識、経験には個人差があるので、必ずうまくいく正解の教え方はないでしょう。ですが、ただ答えだけを伝えるよりは、考えさせる質問をする方が良いと思います。
答えに辿り着くまでの考える時間は大事です。
ということは、人に教えるときに「考えさせるように誘導する」のが、いいやり方なのかもしれません。
答えが「脳内のネットワークに組み込まれる」ように考えさせる。答えが「既知の知識、経験と結びつく」ように考えさせる。そういう質問をすることが、人に教えるコツかもしれません。
個々人の持っている知識、経験には個人差があるので、必ずうまくいく正解の教え方はないでしょう。ですが、ただ答えだけを伝えるよりは、考えさせる質問をする方が良いと思います。
人に勉強を教えるときに、いきなり答えを教えるのは良くないのかもしれません。
答えを見つけようと考えている間に、脳は活動しています。ニューロンだとかシナプスだとかに、電気信号が流れているとか。それを繰り返しているうちに、脳細胞のネットワークが成長していくとかいう話らしいです。(耳学問ですが。)
いきなり答えだけを教えてしまっては、脳内のネットワークは成長しません。
考える時間も大事です。
クルマでNHKラジオを聴いていたら、スポーツの話題で"リベンジ"という言葉を使っていました。少しびっくりしました。
スポーツで「以前に敗れた相手と再戦して勝利する」というときに"Revenge"という言葉は不適だと思います。辞書を調べると、英語の"Revenge"という言葉はまさに"復讐"という意味です。「モンテ・クリスト伯」です。
言葉は時代によって変化するものだし、和製英語を絶対に使うな、と言う気はないのですが、誤解を生みそうな言葉をNHKが使うのはどうかと思います。高い受信料を徴収しているNHK様なのだから。
余談ですが、「雪辱を果たす」という言葉を聴くと、教養を感じます。
ご存知の方も多いと思いますが、"NG" (良くない) という言葉は、いわゆる和製英語です。英語を話すときに、"It's not good."や"It''s no good."であれば伝わりますが、"It's NG."ではたぶん伝わらないです。
日本では"OK"の反対として"NG"が多用されているせいか、"NG"が海外でも通じると勘違いされている方が少なからずいる気がします。(私も勘違いしていました。)
間違いの元にならないよう、気を付けたいものです。
先日、人間ドックに行きました。
年に1回の慣れないイベントなので、なかなかに緊張します。
腹部エコーの検査では、呼吸の状態を調整しないといけません。「息を吸って」->「息を吐いて」->「そのまま楽に。。。」
殺されるのかなと思って、噴き出しそうになるのは私だけではないはず。
「息を吐いて」と言われた後の間に、笑いそうになっちゃいます。
奨学金の出世払い とかいうニュースがありました。
(あまりきちんと調べてなくてお恥ずかしい。気になる方は、ご自分でご検索あれ。)
奨学金の返済は、人によっては大変な負担らしいです。かと言って、アルバイトで学費を稼ぎながら勉強するのは無理があります。
一部の企業で、内部留保が貯まっているみたいな話を聞くことがありますが、いっそのこと学生に投資してあげた方がいいのかもしれません。たぶん、それは一番素朴な未来への投資です。
たぶん、よくある話です。
ニュースなんかで過労死が話題に上ることがあります。労働者の長時間労働を防止するために、労働基準監督署が目を光らせているわけです。
その結果、労働者が正直に労働時間を報告すると、会社に怒られます。「労基に怒られるから、馬鹿正直に報告するな」となります。
人手不足が深刻です。会社に人を増やしてもらうには、現状の労働時間を報告しろとなります。「人が足りないなら、労働時間を正しく集計してみろ」となります。
労働時間を正直に報告すると怒られるし、正直に報告しないと人を増やしてもらえない。ジレンマです。
結局、苦労するのは現場の労働者です。
何が悪いんでしょうね。
私の個人的見解ですが、労働時間を数字で管理しようというのが間違いです。
残業代を稼ぎたい人が、多めに報告するかもしれません。
業務が忙しい人にとって、労働時間の集計は優先度が低い業務です。
業務内容によっては、労働時間の定義が微妙に異なります。
どうして、精確に集計できると思うのでしょうか。
実際の現場を見て、労働力が足りているか、将来的な人材の育成ができているか、といったことを判断してほしいものです。